大阪高等裁判所 昭和60年(ネ)1925号 判決 1986年2月20日
控訴人 株式会社 大信
右代表者代表取締役 西原伸起
右訴訟代理人弁護士 島武男
同 大宅美代子
同 高瀬忠春
被控訴人 池田組建設工業株式会社破産管財人 荒鹿哲一
主文
原判決を次のとおり変更する。
控訴人は被控訴人に対し、金四三一万円及びこれに対する昭和五九年一〇月二六日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。
被控訴人のその余の請求を棄却する。
訴訟費用は第一、二審を通じて三分し、その二を被控訴人、その余を控訴人の各負担とする。
この判決は被控訴人勝訴の部分に限り仮に執行することができる。
事実
第一申立
一 控訴人
1 原判決中、控訴人の敗訴部分はこれを取消す。
2 被控訴人の請求を棄却する。
3 訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。
二 被控訴人
本件控訴を棄却する。
第二主張
次のとおり付加、訂正するほか原判決の事実摘示のとおりであるから、これを引用する。
一 原判決中「訴外会社」とあるのを全て「破産会社」と訂正する(理由中のも同様に訂正する)。
二 原判決二枚目裏四行目の「不渡りになった」を「されないこととなった」と訂正する。
三 同三枚目表六、七行目の「合計を金一三一万円とし」を「合計が金一三一万円となったところ」と訂正する。
四 控訴人の当審における主張
1 仮に、破産会社から控訴人に昭和五九年七月三一日に交付された金一〇〇万円が貸金債務の弁済であり、同年八月一日に控訴人が破産会社に交付した金一〇〇万円が貸金であって、同年八月七日にその弁済がなされたものであるとしても、右各弁済が破産法第七二条による否認の対象となるものではない。
すなわち、破産会社が支払停止となった時点における財産は、もともと金一〇〇万円に過ぎないものであり、否認権が破産者の破産状態を原状に回復せしめる権利であって、一般債権者に平等な満足を与えるため減少した債権者のための共同担保を回復せしめるものであることからすると、右各弁済の双方を否認の対象とすべきではなく、同年七月三一日の弁済だけを否認すれば足りるのである。
さらに、否認権の対象となる破産者の財産変動は不当性(詐害性)を有することを要するところ、同年八月一日の金一〇〇万円は、破産会社の従業員の給料の支払もしくは他の債権者に対する債務の返済資金に当てるため交付されたものであり、生計費その他やむを得ない必要性のある使途のために借入れた債務といえるから、この債務についての前記八月七日の弁済は不当性を有しないものであって、この点でも否認の対象とならない。
2 次に、控訴人が受領した同年八月一日の金三〇〇万円及び同月七日の金一一〇万二八二〇円(金一三一万円の一部)が、いずれも破産会社が他から無担保で借入れた資金により弁済したものであるとしても、右弁済は以下の理由で否認の対象となるものではない。
すなわち、右資金の借入と弁済とを結びつけて包括的にみれば、借入前と弁済後とでは破産会社の積極財産の額にも消極財産の額にも変動はないので、実質的に他の債権者を害しないといえるからである。
さらに、本件では借入金を特定の債務の弁済に当てることが貸主、債務者及び当該債権者の間で協定されており、かつ、借入による新債務(無担保)が態様において従前の債務に比して重くない場合には、破産会社の行為を総合的に把握し、関係者の利害を実質的に衡量すれば、従前の債権者と貸主との間での債権譲渡(債権の肩替り)に類するもので、一般破産債権者の利害には何ら影響はないというべきであるから、右各弁済は否認の対象となるものではない。
第三証拠関係《省略》
理由
一 次の各事実はいずれも当事者間に争いがない。
1 破産会社は昭和五九年七月三一日に第一回目の手形の不渡りを出し、同年九月四日大阪地方裁判所において破産宣告を受け、被控訴人はその破産管財人に選任された。
2 控訴人は、昭和五九年七月三一日当時、破産会社に対し、合計金一二二〇万円の貸金債権を有していた。
3 控訴人は、右同日、破産会社から金一〇〇万円の交付を受け、翌八月一日、破産会社代表者の池田に金一〇〇万円を交付した。
4 控訴人は、同年八月一日、右池田の妹池田弘子から金三〇〇万円の交付を受け、これを破産会社の右貸金債務の弁済に充当した。
5 控訴人は、右同日、右池田名義の飛鳥カンツリー倶楽部のゴルフ会員権を売却した代金から金七八九万円を右貸金債務に充当した。
6 控訴人は、同月七日、破産会社の貸金債務の弁済として金一三一万円の支払を受けた。
二 当裁判所は、前項3、5の各支払は本件否認の対象とならないものであるが、同4、6の各支払は右否認の対象となるものと判断するが、その理由は、次のとおり付加、訂正、削除するほか原判決理由二の2(一)ないし4項(原判決一一枚目裏一〇行目から同二〇枚目裏一行目まで)の説示と同一であるから、これを引用する。
1 原判決一一枚目裏一〇行目の「(一)」の前に「1」を加え、同一一行目の「証人」を「原審証人」と、同一二行目の「同」を「原審及び当審証人」と、それぞれ訂正する。
2 同一二枚目表一行目の「この認定」の前に「この認定に反する前掲各証言部分は措信できず、他に」を、同一一行目の「右決済」の前に「同月三一日」を、それぞれ加える。
3 同一二枚目裏五行目の「そのころ」を「同年七月三一日」と、同一二行目の「要請した」を「要請したところ、同日午前八時半頃までに控訴人の事務所に来るよう指示を受けた」と、それぞれ訂正し、同一〇行目の「金二五〇万円程」の次に「の融資」を、同末行の「銀行に」の前に「同日午前九時頃」を、それぞれ加える。
4 同一三枚目裏一〇行目の「とのことで」を「が必要であったため、控訴人にその事情を説明した結果、」と訂正する。
5 同一四枚目表六行目の「右1(一)」から同一五枚目表三行目の「できない。」までを次のとおりに訂正する。
「前記の昭和五九年七月三一日に破産会社から控訴人に交付された金一〇〇万円は、右認定のように、破産会社振出の約束手形の決済資金として同社が準備していたものであり、右手形の決済は同月一日午前中まで猶予されたものと破産会社及び控訴人が理解していたものと認められるから、少くとも右手形が不渡となったことを知った同日午前九時頃までに右両者が右金員を前記貸金債務の弁済として処理することを合意していたものと解するのは相当でない。そして、同日に、控訴人は前記のように破産会社従業員の給料支払に当てることを知ったうえで同額の金一〇〇万円を前記池田に交付しているのであり、これらの点と《証拠省略》によって認められるように、右交付した金一〇〇万円について控訴人の会計処理上貸付としての手続はとっておらず、これについて特に貸付証書を作成したり、担保を徴したこともないこと及び《証拠省略》を総合すると、控訴人が受領した金一〇〇万円は前記貸金債務の弁済ではなく、一時的な預り金であって、右受領の翌日に返還したものと認めるのが相当であ(る。)《証拠判断省略》
6 同一五枚目表四行目の「右1(二)」を「前記の同年八月一日の」と訂正し、同八行目の「証言」の次に「(原審及び当審)」を加え、同裏五行目の「右1(三)の」を「前記ゴルフ会員権売却代金からの」と訂正する。
7 同一六枚目表一一行目から同裏八行目まで((4)項)を削除し、同九行目の「(5)」を「(4)」と、「右1(五)」を「前記同年八月七日の金一三一万円の支払」と、それぞれ訂正する。
8 同一七枚目表四行目の「3」を「2」と訂正し、同五行目の「証人」の前に「前掲」を加える。
9 同一八枚目表六行目の「その都合」から同八行目の「やはり」まで、同九行目、一〇行目の「同金員についても」、同一二行目の「七月三一日」から同裏二行目の「ものではなく、」まで、同五行目の「右一〇〇万円」から同行の「同様の」までを、それぞれ削除し、同一八枚目表一一行目の「確充」を「確保」に訂正する。
10 同二〇枚目表二行目の「4」を「3」と訂正し、同一行目の末尾に続いて次のとおり加える。
「すなわち、同条は、手形所持人が手形金の支払を受けた場合、その後に右支払を否認することが許されると、手形所持人がその前者に対する手形上の権利を行使することができなくなるため、例外的に否認できないことを定めたものであって、本件のように右手形金の支払ではない単なる弁済行為についてまで、仮に控訴人の主張するような事情があるとしても、同条が適用されるものと解するのは相当でない。」
11 控訴人の当審における主張について
右主張中1については、破産会社から控訴人に昭和五九年七月三一日に交付された金一〇〇万円が貸金債務の弁済であり、同年八月一日の金一〇〇万円が破産会社に対する新たな貸金であって同月七日にその弁済がなされたものと認定されることを前提とした仮定的主張であるが、右前提事実が認められないことは先に判断したとおりであるから、その検討の必要がないので、以下に右主張2について検討する。
控訴人に対する前記の昭和五九年八月一日の金三〇〇万円の弁済は、訴外池田弘子(池田俊雄の妹)からの借入金によるものであり、また、同月七日の弁済金のうち、金八八万一七一二円は訴外池田好子(池田の妻)、金二二万一一〇八円は訴外池田トシヤ(池田の長男)の各名義の預金の払戻金によるものであること及び右三〇〇万円の借入と弁済については、破産会社、控訴人、訴外池田弘子が了解したうえなしたものであることは、先に引用した認定事実のとおりである。そして、《証拠省略》によれば、訴外池田好子ら名義の預金払戻金については、いずれも破産会社が右訴外人らから右金員を借り受けたうえ、これを控訴人に弁済したものであることが認められる。
ところで、右のように債務者が新規に金員を借り受け、これを債権者に弁済した場合、全体としてみると債務者の積極及び消極財産は従前と数量的に変動がなく、また、本件においては前記のように借入先はいずれも債務者(代表者)と近い身分関係にある者であって、借入に際し特に担保設定など従前の控訴人に対する以上の条件が付されたことを認めるに足りる証拠はないから、右借入による弁済は他の一般債権者を害しないものと解しえないではない。しかしながら、破産手続が破産債権者間の平等公平な弁済を目的とする点から考えると、本件におけるように支払停止がなされた以後の時点において特定債権者のみが満足を得ることは債権者の平等を害することは明らかであって、このような方法による弁済が否認の対象とならないとすると、危機的状況に債務者が陥ち入った場合、特定債権者が債務者に借り入れを強要するなどの弊害を生ずる危険性もあることなどを考慮すると、借入金を特定の債務の弁済にあてることにつき当該債権者、破産者、貸主間に合意があり、しかも新規の借入債務が従前の債務よりその態様において重くないという事情がある場合においても、その弁済は不当性を有するものとして否認すべきものと解するのが相当である。従って、控訴人の本主張は採用できない。
三 以上のとおりであって、被控訴人の控訴人に対する本訴請求は、金四三一万円及びこれに対する昭和五九年一〇月二六日から完済まで年五分の割合による金員の支払を求める限度で認容し、その余は失当として棄却すべきである。
よって、控訴人の本件控訴は一部その理由があるから、原判決を主文第二、三項のとおり変更することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九六条、第八九条、第九二条、仮執行の宣言につき同法第一九六条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 藤野岩雄 裁判官 仲江利政 大石貢二)